名古屋高等裁判所 昭和26年(う)1718号 判決 1952年5月27日
控訴人 被告人 高田与三郎 外三名
弁護人 渋谷正俊 外二名
検察官 浜田善次郎関与
主文
被告人久富猛、同和田朝野、同林時夫の本件控訴は、孰れもこれを棄却する。
原判決中、被告人高田与三郎に関する部分を破棄し、同被告人を懲役十二年に処する。
押収してある証第十二号のパール一挺は、これを没収する。
当審における訴訟費用中、国選弁護人笠原章に支給した分は、被告人久富猛の負担とし、その余は、被告人高田与三郎の負担とし、原審における訴訟費用中、鑑定人安藤守元、証人安藤守元に支給した分は、被告人高田与三郎の負担とし、原審鑑定人加藤英司に支給した分は、被告人高田与三郎と原審相被告人清水幸一、同久富猛、同和田朝野との連帯負担とする。
理由
被告人久富猛の弁護人三輪勝治の控訴趣意は、本件記録添附の同人の控訴趣意書を引用するが、その要旨は、原判決の量刑は、不当であると謂うにある。
よつて案ずるに、被告人久富は、原判決同時は、満二十歳に達しない少年で、前科もないものであるが、原判決第四、第五に関係がないだけで、多数回に亘り、窃盗、強盗未遂、汽車顛覆未遂、強盗予備等の極めて悪質な犯罪を犯して居り、主謀者ではないが単純な附和雷同的な役割を演じたものでもなく、その動機も、遊興費を得んがためであつて、右の諸点と被告人の一身上の諸事情とを綜合するときは、原審の量刑は、相当で、論旨は、全く理由がない。よつて刑事訴訟法第三百九十六条により、被告人久富の本件控訴を棄却し当審における訴訟費用中、国選弁護人笠原章に支給した分は、同法第百八十一条により、同被告人に負担させる。
被告人和田朝野の弁護人野田底司の控訴趣意は、本件記録中の同人の控訴趣意書を引用する。
第一点の事実誤認の論旨について、
原判決が被告人和田の犯行の動機として「被告人等は度重なる遊興費に困つたところより悪事を企てるようになつた。」と認定していることは所論の通りで、この点は、被告人和田の司法警察員に対する供述調書(昭和二十六年三月二十七日附)によれば、原判決第二の窃盗については、飲食遊興の金を得ようとして窃盗に参加し、得たる金は、飲食費に費消していることが認められ、相被告人久富猛の検察官に対する第一回供述調書(原判決第六の証拠)によれば、被告人和田は、被告人久富等と大垣の遊廓や岐阜の遊廓で遊んでいたもので、こんな関係から、本件各被告人と知合になり、犯罪を犯すに至つた事情が窺えるから、原判決認定の動機は、判決に影響を及ぼすこと明らかな誤認でなく、論旨は、全く理由がない。
同第二点について、
原判決第六の犯罪事実を見るに、被告人和田は他の被告人等と共謀の上、人の現在する列車を脱線顛覆させ、その混乱に乗じ、旅客の金品又は貨車積載の荷物を奪取しようと企て、原判示の東海道線の軌条の継目板を外し、軌条の下に長さ約二米の杉丸木の先端を差込み、その上端に力を加えて、軌条を移転させ、継目に約五十粍の食い違いを生ぜしめ、これが原状に復するのを妨げるため杉丸木を挿入しておいたが、汽車が顛覆せず、その目的を遂げなかつた旨を認定し、汽車顛覆未遂罪と強盗予備罪に該当すると解しているものであつて、右汽車顛覆を図つて、その実行行為を為したことが同時に強盗の準備行為となり同予備罪に該当する趣旨であることが明らかであるから、強盗予備罪について、その犯罪事実を示さない違法もなく、所論のような理由不備は存しない。更に論旨は、右の行為は強盗予備でなく、それより重い強盗未遂であるとするが、かかる主張は、被告人のみの控訴において、被告人のため不利益な主張を為したことになり、不適法である。被告人等が汽車を顛覆させ、その混乱に乗じ、旅客に暴行脅迫を加え、その反抗を抑圧して、金品を強取しようと計画し、前記の通り軌道に妨害行為をほどこしたことは、汽車顛覆罪の実行の着手と解することはできるが、強盗行為の実行の着手と解することはできない。強盗は、人に対し、暴行脅迫を加え、その反抗を抑圧して、財物を奪取するに在つて、その実行の着手は、暴行脅迫の遂行意思が外形行為により、認められる程度に達して居ることが必要で、それに至るまでの準備的な行為は、着手と解することができないのであるが、汽車脱線又は顛覆は、強盗罪の暴行脅迫の一段階となることもあるが、まだ脱線又は顛覆に至つて居らず、これを企てこれが実行に着手したばかりであつて、被害者が特定しているわけではなく、客観的には、誰が強盗の被害者になり、暴行脅迫を受けるのか不明であつて、被告人等の内心の意図を除外して客観的に見るときは、強盗の実行の着手があつたものとは考えられない。強盗の実行の着手は、被告人等の意思のみに基いて判断するのでなく、外形の行為により、客観的に見て、強盗の遂行的意思が明らかになつたときに着手があつたと認められるので本件のように軌条に障碍をほどこしただけで、既に強盗の実行の着手があつたと見るのは誤りで、原審のように強盗の予備と見るのが正当である。被告人等が原判示第六の通り軌条に作為を為したことは、原審鑑定人加藤英司の鑑定書の記載によれば、列車の脱線顛覆の危険があることが十分に認められ、且つ専門家の知識をまたず、通常人の考えでも右の危険があることが推測できる程度のものであるから、原審が汽車顛覆の未遂罪と解したのは、正当で、論旨は何れも理由がない。
同第三点について
よつて本件記録に基いて案ずるに、被告人和田は、原判決第二の窃盗と第六の汽車顛覆未遂、強盗予備に関係があり、共犯者から誘われた事情はあるが、これを拒絶し得なかつた事情にあつたわけでもなく、窃盗によつて得た金は、飲食遊興に費消して居り、又汽車顛覆と云う最も危険な犯罪に参加しているので、その責任は軽くなく被告人の一身上の諸事情及び所論の総ての事情を斟酌しても、原審の量刑は、重すぎるとは思料せられない。論旨は、理由がない。よつて刑事訴訟法第三百九十六条により、被告人和田の本件控訴を棄却する。
被告人林時夫の弁護人渋谷正俊の控訴趣意は、本件記録中の同人の控訴趣意書を引用するが、その要旨は、原判決の量刑は、不当であると謂うにある。
よつて案ずるに、被告人林は原判決第一、第八の窃盗、第三の強盗未遂、第七の強盗予備に関係し、その犯罪の回数も多く、犯罪の態様も悪質で、得たる金は遊興に費消しているが、犯罪の主謀者ではなく、これ等の点と被告人林の一身上の諸事情とを綜合するときは、原審の量刑は相当で、論旨は理由がない。よつて刑事訴訟法第三百九十六条により、本件控訴を棄却する。
被告人高田与三郎の弁護人渋谷正俊の控訴趣意は、本件記録中の同人の控訴趣意書を引用する。
よつて先づ職権により、被告人高田に対する本件起訴が適法であるかどうかについて案ずるに、被告人高田は、原判決当時は勿論、起訴当時においても満二十歳に達しない少年であつたから、起訴するには少年法第二十条により、家庭裁判所が刑事処分を相当と認め、検察官に送致決定を為したものであることを要するが、本件記録中の昭和二十六年三月三十一日附岐阜家庭裁判所大垣支部の決定謄本によれば、原判決第五の汽車顛覆未遂及び強盗予備の事実については、右送致決定が為されていないことが明らかである。其後右第五事実追起訴に至るまで右の決定はされていない。然れども、該決定謄本によれば、被告人高田の前記原判決第五の事実を除きその余の犯罪事実は総て記載せられていることが認められる。よつて少年の犯罪について刑事処分を相当として検察官に送致する旨の決定があつたときは、右決定に記載されていない犯罪事実についても起訴し得るか否かが問題となる。そもそも少年を刑事処分に附するを相当とするか否かを決定するについては、その個々の犯罪事実のみを観察して為されたものでなく、犯罪を犯した少年の一身上の諸事情即ち少年の生活環境、智能程度、家庭の監護の状況、少年の将来等を考慮して、保護処分よりも刑事処分が相当であると思料せられた場合に検察官に送致せられるもので、従つて家庭裁判所が犯罪少年に対し刑事処分を為すを相当として検察官に送致したときは、右送致決定に記載せられている犯罪事実は勿論、記載せられていない犯罪が発覚したときには、その犯罪についても起訴し得るものと解するのが少年の処遇方法から考えて最も適切な解釈と思料する。若し犯罪事実を中心として送致決定が為されたもので、右決定に触れていない犯罪については起訴し得ないと解するならば、右犯罪については、更に家庭裁判所で、保護処分を相当とするか刑事処分を相当とするかについて調査しなければならないこととなるが、この調査は家庭裁判所が少年の一身上の諸事情を主として調査するのであるから、前の調査と重複することになり無用の手続に帰着することになるし、又仮りにこの調査で家庭裁判所が保護処分に附そうとしても前に刑事処分を相当として検察官に送致しているため、二途に出ずることが不可能になり、少年のため、不利益にこそなれ、何等の利益ももたらさない。以上のような事情から考えて、家庭裁判所が刑事処分を相当として少年を検察官に送致する場合には、少年の犯罪を目的としたと云うよりも、犯罪を犯した少年個人を目的として送致したものと解すべきで、従つて、該決定に記載もれの犯罪又は右決定後に発覚した犯罪については、改めて家庭裁判所の送致決定なくても、検察官は適法に起訴し得るものと解すべきである。果して然らば、本件においては、原判決第五の事実については、家庭裁判所が検察官に送致する旨の決定をしていなくても、右事実を起訴したのは適法である。
弁護人の論旨第一点の要旨は、被告人高田は、本件犯行当時、心神耗弱者であつたのに、原審がこれを否定したのは、事実の誤認又は法律の適用を誤つた違法があると謂うにある。よつて原審鑑定人安藤守元の鑑定書の記載によれば、被告人高田は、昭和二十六年八月八日の鑑定当時においては、精神薄弱の状態にあつて、その程度は十二歳位の尋常児童の程度にあり、犯行時においても右と大差なき状態にあつたものと推定すとあり、当審鑑定人田原幸男の鑑定書の記載によれば被告人高田の犯行時及び現在の精神状態は、極めて緩徐ではあるが慢性進行性の人格荒廃過程が存在していて、そのため本件が惹起されたと思料せられ、同被告人は既に精神分裂病に罹患しているとの旨の記載があるところから考えて、被告人高田は、本件犯行当時心神耗弱の状況にあつたことが認められる。従つてこれを否定した原判決は、事実誤認があつたことになり、この誤認は、判決に影響すること明らかであるから、原判決中、被告人高田に関する部分は、爾余の論点についての判断をなすまでもなく、破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により、原判決中被告人高田に関する部分を破棄し、同法第四百条但書により次の通り判決する。
犯罪事実並に証拠の標目は、原判決を引用するが、当裁判所としては、右の証拠標目に更に原判決第五の事実の証拠として、当審検証調書及び当審鑑定人加藤英司の鑑定書の記載を附加する。
法律に照すに、被告人高田の原判示第一、第二、第八の窃盗の点は刑法第二百三十五条第六十条に、原判示第四の強盗致傷の点は、同法第二百四十条前段第六十条に、原判示第五、第六の汽車顛覆未遂の点は、同法第百二十八条第百二十六条第一項第六十条に、原判示第五、第六、第七の強盗予備の点は、同法第二百三十七条第六十条に該当するところ、原判示第五、第六の各汽車顛覆未遂と各強盗予備とは、何れも、一個の行為で数個の罪名に融れる場合に該当するので、同法第五十四条第一項前段第十条により、重い汽車顛覆未遂罪の刑に従うべきものであるが、被告人高田は、本件犯行当時心神耗弱者であつたから、前記強盗致傷罪については、所定刑中無期懲役刑を選択して、同法第三十九条第二項第六十八条第二号により、各汽車顛覆未遂罪については、所定刑中、有期懲役刑を選択し、これと窃盗及び原判示第七の強盗予備の各刑につき、同法第三十九条第二項第六十八条第三号により、何れも法定の減軽を為し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条第十条により、前記強盗致傷罪の刑に同法第十四条の制限内で法定の加重を為し、その刑期範囲内で、被告人高田を懲役十二年に処し、押収してある証第十二号のパール一挺は、原判決第五の犯罪の用に供したもので、犯人以外の者に属しないので同法第十九条第一項第二号第二項により、これを没収し、原審並に当審における訴訟費用の負担については、刑事訴訟法第百八十一条第百八十二条を適用して主文の通り負担させる。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 高城運七 判事 高橋嘉平 判事 赤間鎮雄)
被告人久富猛の弁護人三輪勝治の控訴趣意
一、原審判決は刑の量定苛酷に失するものと思料する。
被告人久富猛の犯行は何れも附和雷同的であつて従犯的立場に在り積極性を欠いていること、改悛の情が顕著であつて保釈後は一心不乱に労働に従事し村人の同情を喚起していること。
被告人の父親が心痛の余り重病に臥し未だ回復の見込み立たずこれが為被告人の改悛の決意を一層強固なものたらしめていること。
被告人は年少にして未だ嘗て刑責を受けたことなく性格にも悪性を有せざること。
二、右の如き情状を酌量して特に被告人に対し刑の執行を猶予するを適当と思料する。
被告人和田朝野の弁護人野田底司の控訴趣意
第一原審は事実を誤認した違法がある。原判決は理由冒頭に於て犯罪の動機として「被告人等は度重なる遊興費に困つたところより悪事を企てる様になり」と判示した。被告人和田に対する判示犯罪は第二の窃盗、第六の強盗予備汽車顛覆未遂の事実であるが其の犯行は何れも右の如き動機により敢行したものとして認定したが、之を認むべく挙示した全証拠によるも被告人が度重なる遊興費に困つたことを認むることが出来ない。本件の犯行は何れも被告人が相被告人等から誘惑され其の場に面して逃げることも出来ず止むなく仲間入りしたものであることは判示列挙の証拠により認められるもので夫れが事実の真相である。然るに判示証拠により判示の如き犯行動機を認むることは事実の甚しき誤認でなければ証拠によらずして事実を認定した不法がある。犯行の動機は犯罪事実の重要なる部門であり量刑の重要なる尺度であるから右の如き事実の誤認は判決に重大な影響を及ぼすものであるから破棄を免れない。
第二原判決は法の解釈を誤つたか又は理由不備の違法がある。即ち原判決は第六事実として「被告人清水、久富、高田、和田は共謀の上人の現在する列車を脱線顛覆させ其の混乱に乗じ旅客の金品又は貨車積載の荷物を奪取し様と企て……軌道の端部に約十七粍の打痕を生ぜしめただけで列車脱線顛覆の目的を遂けず」と判示し、法律の適用に於て強盗予備の点は刑法第二百三十七条と示したが如何なる事実を以つて強盗予備罪と認定したか不明である。判示は単に列車顛覆未遂の事実を認定したに止まる。従つて事実を示さずして法律を適用した違法があり結局理由不備と云はねばならぬ。即ち法律上事実を確定せずして法律の適用をしたことは甚しき理由の不備と認めねばならぬ。又若し判示事実を以て強盗予備罪の成立したものとの意ならばこれは法の解釈を誤つたものである。
凡そ強盗予備罪は強盗の目的を以て器具を準備し、侵入の場所を探査し、賍物の所在を探知し又は犯行に適する機会を窺ふ如き行為をなすことである。従つて強盗の意思を以て暴行脅迫を行へば強盗の着手となり最早や予備罪の観念を容るゝ余地がない。本件に於て被告人等が強盗の意思を以て軌道に損傷を加へた以上最早や予備罪は存在しない筈である。蓋し列車と一体となす軌道に対し損傷と云う暴行を加えたからである。然るに原判決が判示事実を以て強盗予備罪を認定したのは法の解釈を誤つたものである。次に原審は判示事実を以て列車顛覆未遂罪を認定したが、列車顛覆未遂罪の成立するには列車顛覆の意思がなければならぬ。而も犯罪の故意の有無は単に犯人の主観的状態に於てのみ認められるものでなく外界に表れた行為が目的達成に普通必要な行動を採つたか否かにより決定さるべきである。被告人の採つた行動は判示の如き実状であつて此の程度の軌道の喰ひ違いでは普通発見されず枕木の犬釘が抜いてないから汽車の進行震動で直ぐ復元する。木杭は腐敗して居るから一寸触れた丈けで倒れる、此の程度の作為で列車顛覆の犯意を認められる。人を殺すためアスピリンを飲ませたと同様犯意は実現し得ない筈である。鑑定人加藤英司の鑑定書によればレール継目に二九粍の喰違あれば脱線型となる。本件にて五〇粍の喰違があるのに脱線しなかつたと云うのは事実上五〇粍の喰違のないことを云うのである。本件の如き継目のみ外し枕木とも移動喰違をした時は諸種の力の合成により喰違は復元し其の復元性は大きく危険は最も少いとあつて顛覆は不可能である。従つて顛覆未遂罪はない筈である。既遂の可能性ある場合にのみ未遂罪が考へられる。従て本件の場合には汽車往来危険罪しか成立しない。然るに汽車顛覆未遂罪を認定したのは法の解釈を誤つたものである。
第三本件刑の量定は左記事情に照して余り苛酷であり不当である。
一、犯行動機は被告人が浅慮軽卒と意思薄弱にあつたので他の何物でもない。而も遇発的犯行であつた。彼の家庭は有富であつて其の上被告人は一農村の青年であり他に人夫などして雇はれたことなく純朴其のものの青年であり遊興の何者かも知らぬ青年であつた。小遺銭に困ることもなく況んや窃盗強盗までしなければならぬ理由は寸毫もない。検察官が本件犯行の動機を利欲と云うたのは被告人に対しては全く心外であり何等の証拠もない。被告人は相被告人久富と小学校同級生であり同村であり親友であつた。本年一月二日正月に友人と共に久富方で花札をして居た所へ相被告人高田が遊びに来て初めて紹介された。久富が被告人に今夜出られぬかと云うので承知し大垣へ遊びに行くため久富を誘ひに行つた。一緒に大垣へ遊びに行く途中久富が津村へ行つてくれと云うので承知して行つた先が相被告人清水方であり其の途中で高田、久富から窃盗をすることを誘惑され同行したのである。次に本年二月十六日夕方自分の村で高田に会うと久富を呼んでくれとの依頼であり久富を呼び出して隣村で話して居た一人の友人が帰宅したので自分も帰宅せんとすると久富が「今夜出られぬか」と誘つた。当時は居村田舎の所謂二月正月であり都会へ遊びに出るし被告人も貸本屋へ返す本もあつたので大垣へ出る機会もあつたので承知した。久富が「佐渡の鉄橋の下で待つて居る」と云うので彼は久富等が岐阜へ遊び行くものと信じたが丁度貸本屋が大垣から岐阜へ行く街道にあるので本を返すに都合よいと考へ午後八時頃佐渡の鉄橋の下に行つた。久富、高田が待つて居たので三人が会うと高田は「今夜列車を顛覆しよう」と云うので驚いたが恐らく冗談と信じて「うんやらう」と相言葉を言うた。此処へ相被告人清水が来て「列車をやらう」と云ひ高田は「此処でやらう」と云うた。被告人は相被告人等の言葉が本気であることを初めて知つて驚いた。然し良心に責られて「大垣の近くだから止めよ」と反対した。すると清水が「関ケ原のカーブでやらう」と云うので止むなく被告人等四人が出掛け被告人は清水の運転するトラツクに乗せられたもので現場に於て何をやるか知らぬので高田に叱られて手伝つた位である。結果は重大であるが動機は誠に遇発的であり相被告人に利用されたものであることは提出に係る証第二十号貸本「三万両五十三次」の貸本日附を見れば証明十分である。即ち犯行の翌日十七日被告人は貸本屋へ態々本返還に行つたことは明瞭である。蓋し十六日はトラツクで大垣から関ケ原に行き本を返へせなかつたので翌日返へしに行つたものである。
二、犯行の結果は被害軽少である。窃取したラヂオは久富が入質し代金五百円にて被告人四人が飲食したものであるがモーターの処分は被告人は関知せず他の被告人が勝手に処分したものであり何の利益も得て居ない。列車妨害の事件も顛覆の危険があつたのみで実害はない。
三、彼の経歴は真面目である。(ハ)高等小学校を卒業、青年学校二年修了したが余り勉強が好きでないとて爾来専ら家庭にあつて父兄と共に農業に従事し、純朴な生活をして来た。性経卒で余り頭が良くないのが欠点である。之は提出の成績証明書で明である。然し未だ曽て家の物や金を持出して運んだことなく居村青年会の連絡係として評判もよく黙々と働く一百姓である。毎月父母から受くる約千円の小使銭は貸本代、映画代、タバコ代であり、飲酒したことはない。(ロ)彼の家庭は善良である。家に父母兄弟あり、父は有名な仏教信者であり、伯母は出家尼僧であることも宗教的家庭である一証拠である。三人の兄は不幸戦死した。資産家であつて居村有数の自作農家であり田畑二丁余を耕作して居る。彼は将来伯母の家を継ぐべく約束され田畑の分譲も受けて居るから一生百姓をして暮す人である。
四、前科はない。未だ一度も検挙されたこともない善良な青年である。
五、犯行時はまだ少年であつた。
六、再犯の虞は絶体にない。父母を初め親族、友人等の上申書によりても其の性格を知り得るが之等の者の監督で再犯は絶無である。
以上の事情を綜合すると被告人に対し懲役三年の体刑を科することは余り酷である。判決言渡当時漸く成年に達したに過ぎない。少年時に犯した犯罪により前科者になし名誉ある一家に最大の汚名を着せることは偲び得ないところであり老父母が日夜子の将来を案じ泣かざる日は一日もないと述懐して居る。誠に気毒である。刑罰は温情を忘れてはならない。角を矯めて牛を殺すの愚をしてはならないと思う。
願はくば裁判所の温情により執行猶予の恩典を与へられて感泣せしめられんことを希ふものである。
以上何れの点からしても原判決は不当であつて破棄せらるべきものと信ずるから適当な御裁判を求める次第である。
被告人林時夫の弁護人渋谷正俊の控訴趣意
一、原審量刑は甚しく重いと思う。
1、犯罪に付 (イ)他数名と前後四回に亘り鉛のおもり窃取の点は誘はれて参加したもので主犯は久富である(高田の警察の調書)。 (ロ)久富と共謀の昭和二十六年一月に於ける強盗未遂は久富の誘惑により犯したもので(杉山部長調書)而も騒がれて逃げたと云う小心者である。(ハ)他数名と昭和二十六年二月犯した強盗予備は主犯者清水の命を受けた高田から云われたもので(林並に高田の副検事調書)。(ニ)他数名と同年二月小型自動車窃取の点は清水が主犯で林は従属的立場にあつた。従つて個性による犯罪とは云へない。非常に酌量さるべき情状ありと思う。
2、年齢二十春秋に富む青年である。
3、全部自白し、改悛の意を表し、保釈出所後の言動にも謹慎の情がよく顕はれてゐる。
4、性格良で、常に病弱の両親に孝を為し町の事業にも協力を惜しまず模範青年とも云われてゐる。又本人不在とならば忽ち農耕に支障を来す気の毒な情況にある(婦人会員、青年団員、町民等各連名の歎願書)。
5、前科、起訴猶予がない。
以上の次第で何卒今回に限り特に御寛大なる御判決を仰ぎ度いのです。
被告人高田与三郎の弁護人渋谷正俊の控訴趣意
一、原審は事実の認定並に法律の適用を誤つて居る。
原審は被告人を完全な責任能力者と認めた。然しながら安藤医師作成鑑定書並に同医師の証言に依れば被告人の智能の程度は十二、三才位であり(犯時も)又証人森光雄の証言等によれば被告人の言動中往々にして常規を逸し常人と異なる点あること、家系に精神異状者ある事等認め得られるから当然被告人を心神耗弱者と認定し刑法第三十九条第二項を適用さるべきに拘らず之をせられなかつたからである。
二、原審量刑に著しく重きに過ぎる。
1被告人を心神耗弱者として法定減刑される事なく。
2犯情として、(イ)昭和二十五年十二月中前後四回に亘り他数名と鉛のおもりを窃取したのは主犯者なる久富に誘はれた為で(高田の警察の調書)(ロ)昭和二十六年一月他数名とラヂオ受信機一台、モーター等窃取の点は主犯者清水の言に惑はされたる為で(ハ)昭和二十六年一月二十四日頃の清水と共謀の強盗傷人は主犯者たる清水の指図の侭動いたもので而も途中で清水から一層の決行を促され座するに至りしもので固より殺意は無かつた(高田の土屋警部補調書)(ニ)前後二回に亘る汽車顛覆未遂等も常に主犯者たる清水の指図によつたもので殊に本年二月十二日の犯行の如きは清水に於いてかねて就職口を依頼し居りたる高田に対し恰も職が見付かつた如き偽電を発し欺いて招き寄せ本計画に参加せしめしものにして、第二回目同月十六日の如きは高田は余りの恐しさに一旦中止したところ清水に一層強く唆かされ加担したる状態にあり(警察並に副検事調書)(ホ)昭和二十六年二月二十四日の強盗予備並に小型自動車の窃取は主犯者清水の指図によるもので、孰れも酌量すべき事情がある。
3当初より全部自白し改悛の意を表し
4元来性格悪しからず温厚で真面目な青年であることは居村の区長、青年会員、其の他の各歎願書により窺知出来る。
5前科、起訴猶予がない。
以上の次第で、何卒原判決を破棄し特に御寛大なる御判決を仰ぎ度いのです。